5月31日スイングホールにて緑寿園ボランティアの皆様と年に一度の「感謝の集い」が賑やかに和やかに開催されました。楽しいひとときでした。「見つめる 眼差しは鋭く和らかい。」ボランティア活動をされている姿にはときにふと感じさせます。日常の曖昧さを漉き外し、何時も新鮮な空間が作り出されていきま す。この沁みとおるやさしさは本物です。
お花を生けるボランティア
下山様(1982.5より活動)、高橋様(1996.1より活動)
私達の生けたお花をみて、利用者のみなさんが喜んでくださるという声を聞きました。利用者の皆さんの心が和むということが、自分たちの喜びにつながります。
みどり奉仕会(1978.4より活動)ボランティア
岡野様 田中様 内藤様 山寺様
私たちで、本当に役に立っているのか、時々疑問になります。けれども、ここで1ヶ月に1回ずつ、仲間と会っておしゃべりしたり、しながら活動することは、とても楽しいことです。
センター「たんぽぽ」ボランティア
野下様(1996.11より活動)
職員が、明るいし、やさしい。女性職員が男性利用者の世話をするのは、大変だと思うが、嫌な顔をしないのは、とても立派だと感心します。
センター・アクティボランティア
菅谷様(1984.3より活動)
気分的に落ち込んでいるような利用者さんが、緑寿園にきて、だんだん生き生きとしてくるようになる時が、一番やりがいを感じます。以前は、特養の方が沢山見えていたのですが、この頃は、あまり参加されないのが、少し残念です。
センター入浴ボランティア
手塚様(1997.12より活動)
ボランティアを始めて、色々な方と接することで、家での父親の介護に大変役立ちます。まず、びっくりしないで、的確に対処できるようになりました。デイの 入浴を利用して、利用者さんが帰る時、「気持ちよかった」といって帰っていくのが、とても嬉しいです。
センター・養護ボランティア
高橋様(1991.11より活動)
いずれは自分も入所したいくらい、気に入っています。
通いの利用者さんで、そのメンバーが入れ代わる事があると、少し寂しくなりますが、現在通ってきてくれる方を、大切にしたいと思っています。
センター養護と陶芸ボランティア
福原様(1992.9より活動)
自分自身の心が豊かになっていきます。陶芸の方は、自分も勉強しているので、教えたり教えられたりで、とても楽しいです。
陶芸・絵画ボランティア
矢野様(2000.4より活動)
陶芸・絵画、両方の活動を通して自分の将来の糧にしたいと思っています。自分の中では、得るものが多く、また時々混乱することもあります。自分も絵を書い たりする事が好きなので、絵画からは、描くこと、陶芸からは、創ることを勉強できて楽しいです。
ランドリーボランティア
小田様(1990.4より活動) 溝辺様(1990.9より活動)
ボランティアとして活動するようになってから、自分の健康管理には注意するようになりました。風邪等ひいて活動をお休みしないように、いつも気をつけています。いつも2人でおしゃべりしたりして、楽しく活動しています。
ご利用者様より
日々活動に来ていただきありがとうございます。いつも笑顔で接して下さり感謝にたえません。今後ともよろしくお願いいたします
緑寿園ケアセンターでは、痴呆症の方のお世話をされているご家族の方々が、互いに励まし合い、情報交換できるような場として家族の集いを行ってきていま す。5月8日には「介護の体験談から学び合おう」というテーマで20名程の方が集い、第4回目の会を行いました。お二人の方の体験談を通して、感想や質 問、意見交換がなされました。また、高齢者ケア研究会理事の五島先生からも、お二人や参加者へのアドバイスがありました。
10年前から実母(88歳)を介護。この2年間は、両親二人を同時に介護し、3月父が他界。毎日型の痴呆性デイサービスと定期的にショートステイを利用。
◎ 父は亡くなる前、「ありがとう、妻をよろしく頼む。」とニコニコと笑顔を見せ、眠るように逝った。介護していて、こういうあとの気持ちの良さもあるのだと、よかったなという思いであった。
◎ デイサービスを週2回から始め、徐々に増やした。生活にメリハリができ、活き活きと活動的になり、たんぽぽでは、ボール遊びのリーダーでもあった。
◎ 母をショートステイ利用させたとき、父は入所してしまった、生き甲斐をとられたと思い、鬱状態になり、自ら命を絶とうとした。寸前に発見し、二人で台 から落ちて、共にわんわん泣いた。あの時父が亡くなったら、私は自分を一生責めることになったと思う。
◎ 長い介護の中で、投げ出したいと思った時はどんな状況の中でも一度もない。絶えず言ってくれる「ありがとう。」のことばに介護のし甲斐を感じた。父の 感謝する気持ちに少しでも応えられればと、介護が楽しみであった。他人に思いやりのある父の娘でよかったと心底思って介護に務めた。
◎ 自分だけの力には限界があり、プロの助けを受けて、信頼のできるケアマネに相談し、常にアンテナを張っていろいろな方面から情報をキャッチし、いろいろ試してみるのがいい。
◎ 本人の好きな、さまざまな物を入れる宝物の場所をどこかに定めると、1~2時間は遊べる。
五島先生からのお言葉
★ とても感動した。家族の今までの生活歴、ご両親と暮らしたその上にたってのお話だった。よく工夫され、いろいろ取り入れ、Yさんは素直な方。情報を得 ても、何を見ても「うちと違うからだめ」と試みない人が多く、それではその人の介護は前進しない。探して求めていく姿勢が大事。
★ 介護の手伝いに行く人の心構えも大事で、弁当持参で行くとか、主介護者の負担にならないような気遣いも必要。
★ 命を絶とうとしたこと。理解が困難なので、前からわかるように話す必要あるがそれでも難しい。年をとるとうつ傾向になりやすく、生き甲斐であった奥さ んをとられたと思っただけで死に直結する状態になる。本人も家族もそこをのり切って,最期は、いい死に方をなさって。
★ 宝物の場所について感心した。初めて聞いた。回想法というのがあり、昔遊んだり使った物のメモリーボックスを作り、昔話をする療法がある。痴呆のお年寄りには思いでの品を置くのはとてもよいこと。
寝たきりの舅の介護5年、続けて痴呆の活動期から寝たきりになった夫の母親を、入浴サービスとショートステイを利用しながら、H12年特養に入所するまで20数年にわたり介護する。
◎ 介護が始まったとき、夫の二人の妹に頼らないで絶対ひとりで頑張ろう。そうするべきだと思った。多少は痴呆の知識があったので、自分1人で「始まっ た、始まった。」と思い、気持ちは焦っていたが、家族には言わなかった。自分が、外で活動できなくなるのが嫌でもあったから。
◎ 手術が必要になった時、痴呆である為に受けてくれる病院がなく、全面的に家族が協力するならと、やっと手術ができた。その時、妹達にばれて責められた が、以来、痴呆の母を見るのは辛いと 全く来なくなったが、むしろ1人でみるほうが気楽であった。
◎ 鍵をかけて出かけたら、出られなくなったことへのストレスで、夜中、眠っている時に便を自分にこすりつけられ、大変な目に遇った事もある。怒っちゃだめで、怒ると逆に出る。トイレの中で鍵をかけてしまい困ったこともあった。
◎ 介護を投げ出して、家を出た人のことを知ったとき、(羨ましい、けれど私にはできない、ならやるしかない)と思った。
* 特養入所の話が出てから、夫は2週間口をきかなかった。主人もその間悩んでいたのだ。いきなり、「おい、ばばーを預けていいよ。」と。それでも直ぐには決心がつかなかった。
◎ 私はおばあちゃんを、「かわいい」と思い、やってきた。ほんとに可愛いとも思った。介護の途中、娘三人を嫁がせ、孫が生まれるときも、全力で面倒をみ た。でも、娘達にはこういう思いをさせたくない。その為にはこれからどうすればいいか、夫婦で考えていきたい。
五島先生からのお言葉
★ 18年間すごい。先が見えない苦労だから。4回も死に損なって、それを全部通り抜けてすごいお母様だ。Nさんは、どうしても1人で置かねばならない 時、いろいろと工夫されたが、痴呆の人には常に見守りが、必要。在宅介護では協力してくれる人が3人は必要で、1人でみるのは無理がある。
★ 家族ってすごい。家族には歴史がある。娘達のためにけんかもせずに。Nさんの姿を娘さんやご主人が見て、それが教育につながった。結果的にすばらしい教育になった。
★ 血がつながっていても、いなくとも、親とは、どこにいてもいい。施設でも。病院でも。生きていること、そこに生きていると思えることはすばらしいこと。
お二人の体験談の後、参加者の方々から、痴呆症の方のお世話について、質問がありました。五島先生や、他の家族の方から回答がありました。
Q1 デイサービスを嫌がって行かないが、どうしたらいいか。
A1 社会との関わりは痴呆の進行を遅くするのは確か。無理に引きずっても行けないので、一番言う事を聞く人(かかりつけの医者とか)に家族から頼んで、話してもらうのも1つの方法。
Q2 ご飯食べたのを忘れて、夜中食べたがる。食べさせたほうがいいか。
A2 食べさせるのは簡単だが太ってしまったりで、心臓、脚腰に悪い。「私も忘れるからカレンダーにつけておこうね。」と1ヶ月暦に印つけるのも一考。夕食後皆 んなの前で息子が書くのがよい。お嫁さんだけでなく、みんなの協力を。いろいろ裏技が必要である。
Q3 夕暮れになると不安になり落ち着かない。「うちに帰る。ここは家じゃない」と。あんまり言われたり、後ろに付いて離れないときは、私もいらいらしてしまう。どう対処すればいいか。
A3 夕食前あたり、夕暮れが一番不安になる。女性が特にそうなる。夕食が済むと落ち着く人が多いが、夕方忙しい時に騒ぐときは、昼間のうちに準備しておいて、 私も用事があるから一緒に駅まで行こうと、出かけた方がいい。そして明日の買い物をしてくる。一番不安な時期で、くっついていたい時だ思うが、Nさんみた
いにゆっくり傍にいてあげる気持ちになれればいい。あるいは一番不安の強い時間にヘルパーに来てもらうのもよい。
Q4 外に出るのが嫌な人で、デイサービスに出す支度に2時間もかかり、結局行かないと言う。そういう時強制的に連れ出すのはどうか。
A4 やはり、何か理由をつけて、納得させること。世話をしている人が体の調子が悪いとか。
会の最後には、介護が終わってからのことも話題となり、次のような声がありました。
◎ 主人に今のうちに介護の資格を取っておいたらと言われたが、反発心を抱いてしまう。母をみて、さらに年寄りの世話と思うと…。しばらくは自分の好きなことをして、それから考えたい。自分がそういう気持になったらそうする。皆さんはどうなのかしら。
◎ まだ若いからそうも思えるかも。私は介護20数年でその間に、いろんな所に出て活動した。ボランティアや体操の教室を持ったり、子供たちを見たり、日 赤の奉仕など。それで今、おばあちゃんから手を離れてなーんにもする気にならない。私個人の問題だけど60過ぎたら身体の変化をすごく感じる。こうして手 が離れた次の段階を、自分自身のケアを先生にお聞きしょうかと。
五島先生からのお言葉
私もいろんな方の介護を終えた後を見てきたが、介護を終わ ると気が抜けたようになってしまう。これからは自分のことをよく考え、10年、20年失ってしまったのではなくて、その間自分はすごいことを得られたと 思って、少し期間を置いて、エネルギーを求めてもう一度花を咲かせて欲しい。介護を終えた人達が、これからどうすればいいかという集まりもある。何でもい いのです。
身体を動かす体操や、ダンスでも。手が離れたことで少しうつ状態にあるかもしれないので、そこから早く脱してまた活き活きとした生活をおくって欲しい。
それと、多くの人は子供の世話になりたくないとかいうけど、誰でも必ずだれかの世話になることをどこかの隅に置いてた方がよい。もうひとつ、老老介護っ てありますが、これからは増えてくる。介護保険が始まっても、妻は、夫は自分がみてやらねばという気持を持っている人がいっぱいいるが、そうではなく社会 みんなでみていこう、それが当たり前なんだという考えを持って欲しい。
1人で考えこまないことです。
なまで、聞かせて下さった体験談は、リアルに満ちて迫力があり、5月8日の集いの終了後には、「今日の会はとても良かった」「参考になった」「励まされた」「自分よりももっと大変な方がいるのだと気持ちが楽になった」などの、お声が聞かれました。
この、痴呆症のお世話をされている家族の集いには、緑寿園ケアセンターを利用されている方をはじめとして、地域で痴呆症の介護に悩みを持つ多くの方々に ご参加いただき、ご好評を頂いております。関心のある方は、緑寿園ケアセンター(0424-62-1206)までお問い合わせ下さい。
